まず。私としてはこの作品をヒューマンドラマとして鑑賞した。ジャンルがスリラーサスペンスで予告編もそういう流れで作られていたのだが、実際に見てみると「サスペンス」ではない。ただし、全編モノクロで音響も暗い感じなので全体にうつうつとした感じ。主人公をはじめ出てくる人たちやその時代(第一次大戦後)という時代を反映したものと認識。
また、主人公には実際の画面だけでなく心象風景を映像にした部分もあり。世界初のモノクロフィルムを撮影したと言われるリュミエール兄弟作『工場の出口』のオマージュ画面が何度か出てくる。戦争を後方で支える軍需工場(兵士の制服を縫っている)で低賃金労働する人たちの様子が細かく描かれている。ここでも監督は社会全体を描きたかったようだ。
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さて、あまりネタバレにならないように話したいが戦争に従軍した夫は行方不明(戦争が夫婦を引き裂く映画には『ひまわり』や『シェルブールの雨傘』なども思い出される)借家代金も滞納してなんとかその日暮らしをする主人公が縫製工場(軍需工場)社長と恋愛関係になり妊娠。この妊娠に至る様子も「女性ひとりでは貧困で生きていけない」裏事情がよくわかる。軍需工場の社長相手ではなく売春でその日暮らしするしかなかった人も多かったはず。そういう環境では望まれないこどもをどうするか。
ここまで見れば、ここ数年メディアでよく出てくる事件がダブって見えてくる。
はたから見れば、主人公も主人公が身を寄せたキャンディショップの女性も悪人だろう。が、女主人が法廷で叫んだ主張を聞いてほしい。特に政治決定者は。「誰もやらないことを私がやってあげただけ。私はメダルをもらってもいいはず(大意)」。そうなのかもしれない。貧困女性に冷酷な社会を作った責任は誰に、と監督は問いかける。
しかし、この映画が問いかけるのは貧困女性の問題だけではない。ある日、行方不明の夫が戻ってくる。しかし、夫は負傷して普通の労働はできない。さらに戦争のトラウマでモルヒネ生活。戦争の犠牲者は女性だけではないのだ。彼が生活のために見つけた仕事はサーカス。小屋に出て自分の傷を見せて金をもらう。他の出演者もたぶん健常体ではないところを「見世物」として金をもらっている。貧困女性の問題だけでなく、戦争と貧困は男女どちらも傷つけ搾取する社会全体の問題として監督は訴えかける。
ここまで読んで暗い、重苦しいと思うあなた。この映画には闇だけでなく実はかすかな光とやさしさがある。そこに気が付いてほしい。負傷した夫は自分の子ではないとわかっていて主人公が産んだ赤ん坊の誕生をよろこび抱っこしてキスをする。そしてゆりかごまで買ってくる。傷ついていても命にやさしくあろうとするその姿は本来の人間の理想形で、当時の社会にもそして今の社会にも欠けているのではないか。彼は主人公が傷ついたときにも何も言わずに受け入れる。
そして、映画のラストシーン。何も言わないので興味を持った方はぜひ映画館で確認してほしい。再度。この映画はサスペンスではなくヒューマンドラマだ。貧困問題、虐殺問題、兵士のPTSD問題……。何ができるのかを考えなければならない今の問題。
